こないだ10年ぶりのお客さんを訪問してきました。 販社経由のお仕事だったんで遠慮して今までは年賀メールでのご挨拶程度だったんですが、先方の役員がわざわざ当社にまで来て頂いたのに恐縮して、お礼訪問に行って参りました。
10年あいだが空くと随分様子は変わっていましたが、dbMAGIC7で作った僕のシステムはまだ現役で動いておりましたので嬉しくなり、10年間の空白を埋めるべくいろんなお話をお聞きしてたらあっという間に2時間が過ぎてしまいました。
当時のシステム構築はオフコンからのリプレースでしたが、工事材料の卸商社機能を徹底的に効率化するということを目指して、現場の仕事の流れも細部まで見直したのを覚えています。
分析の為のユーザーヒアリングに、あちこちの営業所で深夜まで打合せし、「こういった伝票入力なら能率が上がる」「その作業自体をやめて、こうやったほうが結果として仕事が楽になるのでは?」といった議論を重ねながら、4ヶ月という短い工期の中で仕様確認書を作り、プロトタイプをおこして、突貫開発を行いました。
開発が終わると同時に小笠原諸島にリフレッシュ休暇に出かけましたが、突貫で作っただけにアチコチにバグが隠れていて、父島に居ながら(何しろ一旦島に来ると翌週まで本土に帰る船が来ないので)デバッグしたのも懐かしい思い出です。...(^^;
当時の通信インフラでは、CTLファイルを送り込むような大容量の通信はISDNでしかできなかったのですが、父島の民宿にそんなもんあるはずもなく、島のNTTまで行って、そこの設備を借りて(衛星経由のISDN通信とのことでした)デバッグしたCTLファイルを客先に送り込みました。
最初、ISDN公衆電話だと何度やっても通信エラーが出て送り込めまず、冷や汗かきながら再トライ。それ繰り返してたら気の毒に思ってくれて、しまいに局内の専用回線貸してくれました。 こっちは品質が格段に良くって一発で送信完了。島の人はさすがに親切で、通信費は一切請求されませんでした。(^^)
※父島でノートブックパソコン持ち込んでISDN通信するなんていう画期的(!?)なお客は、その時まで一人も来なかったってのも、NTTの保守担当技術の人のハートをくすぐったようです
それはさておき....
その時のことを役員さんが覚えてくれていて、古くなってきだした今のシステムを近々リプレースしたいので、また当時の様にいろいろアイディアを山盛り出して、システムをリニューアルして欲しいというお申し出を頂きました。技術者冥利に尽きるというものです。
その当時は「頑張ってやった割には、あんまり喜んでくれていないのかなぁ...」って思ったりもしました。多少とはいえ、本番でバグだしたのも後ろめたかったので、そのまま記憶の底に沈みこんでしまっていた開発物件ですが、後からでもこういった「評価」を聞けると「あー、この商売やっててホントに良かったなー」って思える瞬間ですね。
プロ野球の選手と一緒で、仕事の内容に見合うだけの「銭闘」も大事なのですが、やはりその前提となる「感動するプレー」自体も、大きな「報酬」なんでしょうね。
※報酬といえば思い出しました。 この開発やった時の代金の支払いって、==現ナマ==だったんですよ。「束」で5?6束でしたが、ボストンバックもって受け取りに行ったのはこの時が最初で最後です。 銀行にいくまでに強盗に襲われたらどうしようかと、結構ドキドキしました...(^^;。
10年あいだが空くと随分様子は変わっていましたが、dbMAGIC7で作った僕のシステムはまだ現役で動いておりましたので嬉しくなり、10年間の空白を埋めるべくいろんなお話をお聞きしてたらあっという間に2時間が過ぎてしまいました。
当時のシステム構築はオフコンからのリプレースでしたが、工事材料の卸商社機能を徹底的に効率化するということを目指して、現場の仕事の流れも細部まで見直したのを覚えています。
分析の為のユーザーヒアリングに、あちこちの営業所で深夜まで打合せし、「こういった伝票入力なら能率が上がる」「その作業自体をやめて、こうやったほうが結果として仕事が楽になるのでは?」といった議論を重ねながら、4ヶ月という短い工期の中で仕様確認書を作り、プロトタイプをおこして、突貫開発を行いました。
開発が終わると同時に小笠原諸島にリフレッシュ休暇に出かけましたが、突貫で作っただけにアチコチにバグが隠れていて、父島に居ながら(何しろ一旦島に来ると翌週まで本土に帰る船が来ないので)デバッグしたのも懐かしい思い出です。...(^^;
当時の通信インフラでは、CTLファイルを送り込むような大容量の通信はISDNでしかできなかったのですが、父島の民宿にそんなもんあるはずもなく、島のNTTまで行って、そこの設備を借りて(衛星経由のISDN通信とのことでした)デバッグしたCTLファイルを客先に送り込みました。
最初、ISDN公衆電話だと何度やっても通信エラーが出て送り込めまず、冷や汗かきながら再トライ。それ繰り返してたら気の毒に思ってくれて、しまいに局内の専用回線貸してくれました。 こっちは品質が格段に良くって一発で送信完了。島の人はさすがに親切で、通信費は一切請求されませんでした。(^^)
※父島でノートブックパソコン持ち込んでISDN通信するなんていう画期的(!?)なお客は、その時まで一人も来なかったってのも、NTTの保守担当技術の人のハートをくすぐったようです
それはさておき....
その時のことを役員さんが覚えてくれていて、古くなってきだした今のシステムを近々リプレースしたいので、また当時の様にいろいろアイディアを山盛り出して、システムをリニューアルして欲しいというお申し出を頂きました。技術者冥利に尽きるというものです。
その当時は「頑張ってやった割には、あんまり喜んでくれていないのかなぁ...」って思ったりもしました。多少とはいえ、本番でバグだしたのも後ろめたかったので、そのまま記憶の底に沈みこんでしまっていた開発物件ですが、後からでもこういった「評価」を聞けると「あー、この商売やっててホントに良かったなー」って思える瞬間ですね。
プロ野球の選手と一緒で、仕事の内容に見合うだけの「銭闘」も大事なのですが、やはりその前提となる「感動するプレー」自体も、大きな「報酬」なんでしょうね。
※報酬といえば思い出しました。 この開発やった時の代金の支払いって、==現ナマ==だったんですよ。「束」で5?6束でしたが、ボストンバックもって受け取りに行ったのはこの時が最初で最後です。 銀行にいくまでに強盗に襲われたらどうしようかと、結構ドキドキしました...(^^;。
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